大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和22年(行)42号 判決 1956年10月23日

原告 向井梅次

被告 法務大臣

主文

本件訴のうち被告に対し富山弁護士会に原告の弁護士名簿登録請求の進達を命ずることを求める部分は、これを却下する。

その余の原告の弁護士名簿登録請求進達拒絶の不服申立却下処分の取消を求める部分の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は昭和二十二年十一月五日原告の弁護士名簿登録請求の進達拒絶に対する不服申立を理由なしとして却下した処分を取り消し、富山弁護士会に対し原告の弁護士名簿登録請求の進達をなすべき旨の命令をせよ。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、原告は、弁護士たる法定の資格を有するものである。

二、原告は、昭和二十一年八月二十五日富山弁護士会に対し、弁護士名簿登録請求の進達手続を求めたところ、同弁護士会は、翌二十二年四月二日右登録請求の進達を拒絶し、その旨の通知書(同月八日付)はそのころ原告に到達したが、該通知書には右進達拒絶の理由は全く示されていなかつた。

三、そこで原告は、同年四月三十日弁護士法(昭和二十四年法律第二百五号を以て全部改正された以前の弁護士法、以下これを旧弁護士法という)第十三条の規定にもとずいて被告(もつとも、当時は司法大臣、以下同じ。)に対し、不服の申立をしたのであるが、被告は、同年十一月五日右不服申立を理由なしとして却下し、その旨の通知書は、そのころ原告に到達したが、この通知書にも右却下の理由は全然示されていなかつた。

四、ところで、富山弁護士会が原告の右登録請求の進達を拒絶した理由及び被告が原告の右不服申立を却下した理由は、いずれも原告が旧弁護士法第十二条にいわゆる弁護士会の秩序または信用を害するおそれあるものに該当するというにあることは、本訴における被告の主張自体によつて明らかであるが、右弁護士会の登録請求の進達拒絶及び被告の不服申立却下処分は、以下述べる理由によつていずれも違法である。

(一)  憲法は、その第十五条においてすべて公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではない旨、またその第二十二条において何人も職業選択の自由を有する旨、さらにまたその第十三条においてすべて国民は個人として尊重され自由等に対する国民の権利については国政の上で最大限度に尊重せらるべき旨明規している。しかも憲法第三章の各規定全体の趣旨に徴すると、憲法は国民の固有する自由権を制限し、またはこれを剥奪しようとする場合には、関係当事者にその理由を開示し、かつ権利擁護の機会を与えなければならないことを保障しているものといわなければならない。

したがつて、(1)被告は、公務員として被告の前記不服申立を審査するにあたつては、関係当事者を公平、不偏に取り扱うべき職責を有するにかかわらず、富山弁護士会の主張を一方的に支持するだけであつて、原告に対しては何らの釈明を求めたような事実もなく、また富山地方検察庁検事正らが、被告の依頼によつて昭和二十二年七月ごろ原告と富山弁護士会間の前記登録進達拒絶問題についてあつせん調停を試みた際、原告が被告に対し現地についての調査員の派遣を求めたが、これを実行しないのみでなく、右あつせん調停の不法、不熱心を訴えても被告はこれを少しもかえりみず、原告の前記不服申立を却下したのは憲法に定められた被告の職責を怠つたもので、憲法違反の責を免れない。(2)また、弁護士会が旧弁護士法第十二条の規定にもとずいて弁護士たる資格を有するものの登録請求の進達を拒絶したり、あるいは司法大臣が登録請求の進達拒絶に対する不服申立を却下したりするのは、いずれも国民固有の職業選択の自由を奪う結果となるのであるから、このような処分をなすにあたつては、当該関係者に対しその理由を示し、かつ十分弁明の機会を与えなければならないのである。しかし、この趣旨はまた旧弁護士法第十二条、第十三条においても同様であるといわなければならない。しかるに、富山弁護士会は、原告の前記登録請求の進達を拒絶するにあたつて、前記のとおりその通知書に何の理由も示さず、また何ら弁明の余地を与えなかつたのであるから、同弁護士会の右進達拒絶の手続は、違法といわなければならないのである。ところが、被告は、同弁護士会の右違法な進達拒絶の手続を容認して原告の前記不服申立を理由なしとして却下したばかりでなく、同弁護士会と同様その通知書に全然その理由を示さず、かつ原告に対し何ら釈明の機会を与えなかつたのであるから、被告の右不服申立却下の処分は、憲法及び弁護士法に違反するものというべきである。

(二)  被告は、富山弁護士会の前記進達拒絶当時弁護士会に対する監督義務を有していたものであることは、旧弁護士法第三十四条の規定に徴して明らかであるが、被告は原告の前記不服申立を却下するにあたつて以下述べるようにこの監督義務を果さなかつたのであるから、被告の右却下処分は同法条に違反するものである。すなわち(1)富山弁護士会は、原告の前記進達請求の許否を決するについて約九個月間を費し、甚だしくその手続を遅延せしめたのにかかわらず、被告は、この理由を究明しなかつたばかりでなく、被告は、同弁護士会会長小林宗信が独断で同弁護士会の名において原告の前記進達請求を不法に拒絶したものであり、またその旨の通知書にはその理由が開示されてなかつたことを承知しながら、これらの違法な処置を取り消さないばかりか、これを何ら問責もしなかつたのは、旧弁護士法第三十四条、第四十五条違反の責を免れない。(2)また被告は、富山弁護士会が登録進達の順序を守らず、原告の前記進達請求より後になされた登録請求を原告のそれより優先せしめてその許否を決する等秩序ある事務の執行をせず、しかも同弁護士会が全く事務能力に欠けていることを諒知しながら、これを是正もせず放置してかえりみなかつたのは、旧弁護士法第三十四条違反の責を免れない。(3)さらに被告は、富山弁護士会会長小林宗信が原告の前記進達請求に対する責任転嫁を策したり、その他弁護士たる品位を毀損する等の行動をとつていた事実を知りながら、その責任を追求もせず、これを放任したのは、前同様同法条違反の責を負うべきである。

(三)  富山弁護士会及び被告は、原告が旧弁護士法第十二条の該当者であることを理由に富山弁護士会は原告の前記進達請求を被告は原告の前記不服申立を拒否したものであることは前記のとおりであるが、原告に関しては弁護士会の秩序または信用を害するようなおそれは全然存しないのであるから、同弁護士会及び被告が原告を同法条の該当者とみなし、これを理由に原告の前記進達請求を拒絶しまたは前記不服申立を却下したのは、甚だしく不法かつ不当な処分というべきである。

五、以上の次第で、富山弁護士会の前記進達拒絶及び被告の不服申立却下の各処分は、いずれも違法たるを免れないから、被告は、昭和二十二年十一月五日なした前記不服申立却下の処分を取り消し、富山弁護士会に対し弁護士名簿登録請求の進達を命ずべきである。」と述べ、被告の答弁に対し、

「原告が被告主張のように富山弁護士会長宛にその主張のような内容証明郵便を発したことは認めるが、このことだけをもつて直ちに原告が旧弁護士法第十二条の該当者であると認定することはとうていできない。すなわち、富山弁護士会は、原告が前記進達請求をして以来約九個月の間その許否を決せず、徒らにその手続を遷延せしめるのみであつたので、原告は、何回となくこれを催促し、懇願を重ねたが、何らの回答もなかつたので一向にその遷延の理由も判明せず、またこの間において同弁護士会長その他一連の会員の不法行為が頻繁に生じたばかりか、同弁護士会の事務執行は正常ではなく、しかも同弁護士会は、原告より後に申請した登録進達請求を原告より優先せしめて許容したので、原告は、やむなく同弁護士会に対し、その適正、妥当な手続をとることを促がすため、前記のような内容証明郵便を発したに過ぎないのであつて、原告をしてかような内容証明郵便を発せしめるにいたつたのは、むしろ同弁護士会のみずから招いた結果というべきである。しかして、原告が右内容証明郵便をもつて同弁護士会の総会議事録の謄写送付方を依頼したのは、原告の前記進達請求の遅延の理由を明らかならしめるためであつて、その利害関係人の要求として当然の措置であり、また、同書面をもつて右進達手続の遅延により生ずる責任ないし損害を訴求する用意ある旨を申し添えたのは、同弁護士会の代表者が故意または重大な過失にもとずいて右進達手続が遅延したものだとすれば、その責任ないし損害を訴求することは被害者たるべきものにとつてあまりにも当然な措置であるというべきである。したがつて、原告の右措置によつて同弁護士会会員を強く刺戟したこととなつたかも知れないけれども、そうだからといつて、右は少くも不法または不当な要求ないしは督促ではなく、これをもつて原告が品位を重んぜず、また礼儀を尊重せざるものであつて、旧弁護士法第十二条にいわゆる弁護士会の秩序、信用を害するおそれあるものに該当すると認定したのは単なる感情にもとずく以外の何ものでもないのであつて、甚だしく失当である。」と述べた。

被告指定代理人は、本案前の抗弁として、

「昭和二十四年九月一日法律第二百五号によつて弁護士法は全部改正せられ(以下、この改正後の弁護士法を新弁護士法という。)、被告は弁護士会に対する監督の権限を有せざることとなつたので、仮りに原告がその主張のように前記原告の不服申立を理由なしとして却下した処分が取り消されたとしても、被告は富山弁護士会に対して登録の進達を命ずることはできないことになつたのであるから、原告の本件訴は、その利益を有せざるものとして却下せらるべきである。新弁護士法は、弁護士及び弁護士会に対する指導、監督の権限を日本弁護士連合会の専権に属せしめ、その完全な自治を確立したものであつて、被告は弁護士及び弁護士会に対し何ら監督の権限を有しないことになつたのであり、同法は、本件のような場合についても何らの経過規定を設けなかつたのである。そうだとすると、原告は、改めて新弁護士法によつて富山その他の弁護士会に入会の申込及び弁護士名簿登録進達の請求をなし、もしこれが拒絶せられた場合には、日本弁護士連合会に対し不服の申立をなすことによつてその救済を求めるべきである。」と述べ、

本案に対する答弁として、原告の請求を棄却するとの判決を求め、

「一、原告主張の請求原因事実中、一項ないし三項の事実はすべて認めるが、四項の(一)ないし(三)の主張はいずれも争う。

二、被告は原告主張の不服申立を受理したので、旧弁護士法第十三条第二項の規定にしたがつてこれを弁護士審査委員会に諮問した。そこで同委員会は原告の不服申立書記載の理由にもとずいて富山弁護士会に対して原告の進達請求を拒絶するにいたつた事実上の理由の報告並びにその資料の提出を求めたところ、同弁護士会は前後二回にわたつて上申書(乙第一、二号証)その他の参考資料を提出したので、同委員会は、これらの上申書及び参考資料にもとずいて慎重審議の結果、出席者全員一致をもつて原告の不服申立を理由なしと決議した旨を被告に答申した。よつて被告は、これにもとずいて右の全経過並びに資料を慎重考査した上原告の不服申立を理由なしとして却下し、その旨を原告に通知したのである。しかして、富山弁護士会が原告の前記登録請求の進達を拒絶した事実上の理由及び被告が原告の前記不服申立を却下した事実上の理由は、ともに原告が旧弁護士法第十二条にいわゆる弁護士会の秩序及び信用を害するおそれあるものに該当するということにあるのである。すなわち、原告は、富山弁護士会が原告の前記進達請求の許否を数個月遅延したことを理由に昭和二十二年三月三十一日付内容証明郵便をもつて同会会長宛に「貴会入会並びに登録申請につき然く延引する理由関係議事録謄写送付方に関し依頼申し候遅滞なく履行なきにより惹起すべき責任並びに損害を訴追する用意ある旨を申し添え候」との趣旨の通告を発したことにより原告が同法条の該当者であると認定したのである。けだし、弁護士会は、弁護士の品位の保持及び弁護士事務の改善進歩を図ることをもつて目的とする公の法人であつて、その会員たるものは、常に品位の維持向上に努め、弁護士は正義の顕現たる司法の一翼を荷う社会の指導者として秩序、信用を重んじ教養ある紳士たる自覚を持たねばならないのである(旧弁護士法第二十九条、第三十九条、第十二条等参照)。したがつて、弁護士会においては会員各自は右自覚の下に自粛自戒して秩序、信用を重んじ品位の向上に努め、会員相互は尊敬と親愛の念をもつて相接しまたこれに相当する礼儀を重んじなければならないのである。かくしてこそ弁護士会の秩序と信用は維持せられるのである。しかるに、原告は、前記内容証明郵便をもつて同弁護士会が原告の弁護士資格の審査のため同人の前記進達請求に対する許否の決定が多少おくれたことをとらえて、あたかも同弁護士会がこれを理由なく怠つているかのように問詰し、またいまだ会員でない原告が同会の総会議事録を要求したり、遅延の責任を訴求するというような言動に出たことは、決して弁護士会の品位を重んじ、礼儀を尊ぶ態度とは認められず、したがつて、このような性格を有する原告を同法条の該当者と認めたのはやむを得ないところである。

以上の次第であるから、同弁護士会が原告の前記進達請求を拒絶したこと及び被告が原告の前記不服申立を却下したことは、少くも違法のかどは存しない。

三、つぎに原告は、被告は公務員として国民全体の奉仕者であることは憲法第十五条の明規するところであるから、被告が原告の前記不服申立を審査するにあたつては、関係当事者を公平に取り扱うべきであるのにかかわらず、原告の各要求をことごとく斥け、同弁護士会の主張を一方的に支持し、原告の右不服申立を却下したのは憲法違反であると主張するけれども、そのような事実は全く存しないから、右主張は理由がない。

四、さらに原告は、同弁護士会が原告の前記進達請求を拒絶した理由を原告に開示せず、また弁明の機会を与えなかつたこと及び被告が原告の前記不服申立を理由なしとして却下した理由を同様原告に開示せず、また弁明の機会を与えなかつたことは、いずれも憲法並びに弁護士法に違反すると主張するけれども、これらの処分をなすについて同法等は必らずしも関係当事者にその理由の開示並びに弁明の機会を与えることを要求しているものとは解せられないから、原告主張のように右各処分をなすにあたつて理由を付せず、また弁明の機会を与えなかつたとしても、これをもつて直ちに右各処分が憲法及び弁護士法違反の処分とはいい得ない。

五、なお原告は、被告は富山弁護士会に対する監督義務を果すことなく原告の前記不服申立を却下したのであるから、被告の右却下処分は、旧弁護士法第三十四条に違反する違法の処分であると主張するけれども、弁護士名簿登録請求の進達手続については弁護士会が自治権を有し、被告は、積極的にこれを指図し得るものではないのであつて、登録請求者が弁護士会によつてその進達を拒絶せられた場合において被告に不服申立をなすことによつて初めて被告の監督権の発動を求め得るのである(旧弁護士法第十四条参照)。そして、その結果、被告が弁護士審査委員会に諮問して弁護士会のなした登録進達拒絶処分の当否を判断し、これを不当と認めた場合には、当該弁護士会に対し初めて登録の進達を命ずることとなるだけのことである。したがつて、仮りにこの点に関する原告主張の事実がそのとおり認められるとしても、このことだけで直ちに被告の前記却下処分が同法条に違反することはあり得ないのである。

六、よつて、原告の本訴請求は、失当である。」と述べた。

(立証省略)

理由

一、まず本件訴の適否について判断する。

本件訴において原告が訴求するところは、被告が昭和二十二年十一月五日富山弁護士会の原告に対する弁護士名簿登録請求の進達拒絶に対する原告の不服申立を却下した処分が違法であるとしてその取消を求めるとともに、被告に対し富山弁護士会にその進達を命ずることを求めるものであることは、その主張自体により明らかである。そうすると、原告の本訴請求は、被告の為した行政処分の取消を求める部分(いわゆる取消の訴)と、被告に処分を為すべきことを求める部分(給付の訴)との併合であるといわなければならない。

ところで裁判所が行政庁に処分を為すべきことを命ずることは、特に法律の明文のない限り司法権の範囲を逸脱するものである。けだし行政庁が行政処分をすることはその行政権の行使によるものでただ裁判所は行政庁が為した行政処分の効力に争がある場合に、その行政処分によつて権利を侵害せられた者の請求を待つてその争(すなわち法律上の争)につき判断を与えることができるだけであつて更に進んで行政庁に対し行政処分を為すべきことを命ずることは、憲法上の三権分立の建前から裁判所の権限の範囲に属しないものであるからである。

よつて本件訴のうち、被告に対し富山弁護士会に原告の弁護士名簿登録請求の進達をなすべきことを命ずることを求める部分(給付の訴)は、不適法な訴として却下を免れない。

二、次に本件訴のうち被告の為した原告の不服申立却下処分の取消を求める部分(いわゆる取消の訴)についてその適否について考えてみるに、この部分について裁判所が裁判権を有することは前に説示したところで明らかである。

ところで被告は、弁護士法が昭和二十四年法律第二百五号を以て全面的に改正せられた結果、被告(もつとも当時は法務総裁、以下同じ)は、弁護士会に対する監督の権限を有しないこととなり、富山弁護士会に対して弁護士登録請求の進達を命ずることはできないことになつたから、本件訴は訴の利益を有しないこととなり、本件訴は不適法であると主張するので、この点について判断する。

弁護士法が昭和二十四年法律第二百五号を以て全面的に改正され、同年九月一日から施行せられた結果、弁護士名簿は日本弁護士連合会に備えられ、弁護士となるには、この日本弁護士連合会に備えられた弁護士名簿に登録されなければならないのであつて、その弁護士名簿に登録を請求するには、入会しようとする弁護士会を経て日本弁護士連合会にこれをしなければならず、弁護士会がその登録請求の進達を拒絶したときは、その拒絶された者は法定の期間内に日本弁護士連合会に異議の申立をすることができ、日本弁護士連合会はこの申立を受けた場合においては、資格審査会の議決にもとずきその申立に理由があると認めるときは、弁護士会に登録請求の進達を命じ、その申立に理由がないと認めるときは、これを棄却すべくこの異議申立を棄却された者はその処分につき違法又は不当を理由として法定の期間内に東京高等裁判所に訴を提起することができることとなり、従来被告の有していた弁護士名簿の登録請求の進達拒絶に対する不服申立を審理する権限はすべて日本弁護士連合会の権限になり、被告はこれにつき何等の権限がなくなつたのである(新弁護士法第八条以下の規定参照)。元来行政庁の改廃、統合等によつて行政庁間において権限の移譲があつた場合には経過規定によつてその処理が明らかに規定されているときは、その規定に従うべきことはいうまでもないが、かような規定がないときは従前の行政庁に係属していた案件は権限の移譲を受けた行政庁に引き継がれ、訴訟も承継せられるものと解するのを相当とするが、日本弁護士連合会は行政庁ではないのであるから、被告の有していた前記進達拒絶異議申立に関する権限は日本弁護士連合会に移譲されたのではなく被告の行政庁として有する権限は新弁護士法の施行により消滅し、新たに日本弁護士連合会がその団体内部の自治と統制に則して弁護士会の為した登録請求の進達拒絶に対する異議申立に関する前記の権限を有することとなつたのであつて、右両者間に権限の移譲があつたとみるべきではないのである。(従つて本件訴訟は被告から日本弁護士連合会に承継されたこととはならず、被告が行政組織上継続して存在している以上なお被告は本件訴訟の当事者適格を有するものというべきである。)

そうすると、本件訴において原告がたとえ勝訴の判決を得て被告の為した原告の不服申立却下処分が取消されたとしても、被告はもはや富山弁護士会に対し原告の登録請求の進達について富山弁護士会に対し何らの命令をすることもできなくなつたのであるから、本件訴は訴の利益がなくなつたかのように見える。

しかしながら新弁護士法はその第八十五条、第八十七条において従前の規定により被告に対して為された登録の請求は新法により日本弁護士連合会に対して為された登録請求の進達とみなし、また法務府(現在の法務省)は従前の規定により同府に備えられた弁護士名簿その他弁護士及び弁護士会に関する関係書類を、日本弁護士連合会の求めにより、これを引き継がなければならない旨規定しているので、本件訴において被告の為した前記不服申立却下処分が適法と確定すれば、原告の登録請求進達拒絶のまま事件は終了するし、また却下処分が違法で取消さるべきものと確定すれば、右却下処分がなかつた状態になるので、この場合被告は前記第八十五条、第八十七条の規定の趣旨に従つてこの状態において原告の弁護士名簿登録請求に関する書類を日本弁護士連合会に引き継ぎ、爾後の手続は同連合会においてこれを処理さるべきこととなると解するのが相当である。

そうすると、本件訴はなお訴の利益が存するものというべきであるからこの点に関する被告の主張は採用することはできない。

三、よつて、以下右取消の請求部分につき本案について判断する。

原告が弁護士たる資格を有するものであつて、昭和二十一年八月二十五日富山弁護士会に対し弁護士名簿登録請求の進達手続を求めたところ、同弁護士会は、翌二十二年四月二日これを拒絶したので被告に対し不服申立をしたが、被告は、同年十一月五日右不服申立を理由なしとして却下したことは当事者間に争いがなく、そして、同弁護士会が右進達請求を拒絶した事実上の理由及び被告が右不服申立を却下した事実上の理由は、いずれも原告が昭和二十二年三月三十一日付内容証明郵便をもつて同弁護士会長宛に右進達手続の遅延の理由の報告及び関係議事録の謄写送付方を要求し、あわせて右遅延による責任ないし損害を訴求する用意ある旨の通告を発したとの事実関係にもとずいて原告が旧弁護士法第十二条にいわゆる弁護士会の秩序と信用を害するおそれあるものに該当すると認定されたことによるものであることは、成立に争いのない乙第一、第二号証及び証人正力政次の証言に徴して明らかである。

四、ところで、原告は、被告は公務員として国民全体の奉仕者であることは憲法の明規するところであるから、被告が原告の前記不服申立を審査するにあたつては関係当事者を公平に取り扱うべきであるのに、被告は、原告主張の各要求をことごとく斥け、富山弁護士会の主張を一方的に支持し、原告の右不服申立を却下したのは憲法違反であると主張する。

しかしながら、原告主張の被告に対する各要求を被告において容れなかつたからといつてこれをもつて直ちに被告が不公平な取扱をしたとはいい得ないのはもちろんであつて、むしろ、前記乙第一、第二号証及びいずれも成立に争いのない乙第四号証、同第五号証の一、二を綜合すると、被告は原告と富山弁護士会の双方の立場を尊重して原告の前記不服申立を公平に処理したものであることをうかがい知ることができる。そして他に右認定をくつがえして原告の右主張事実を認めしめるに足りる証拠は全然ないから、原告の右主張も採用できない。

五、しかして、富山弁護士会が原告の前記進達請求を拒絶するにあたつて、その通知書に拒絶の理由を示さず、また被告が前記不服申立を却下するにあたつてその通知書に却下の理由を示さなかつたことは当事者間に争いのないところであるが、原告はこの点において右不服申立却下の処分は、憲法及び弁護士法に違反すると主張する。

憲法第二十二条は何人も公共の福祉に反しない限り職業選択の自由を有する旨明規している。そして職業選択の自由とは自己の従事する職業を決定する自由をいい、その職業を行う自由を含むものと解せられるのであるが、その自由は公共の福祉の範囲内において認められるのであつて、この公共の福祉の見地から各種の制限を定めることができ、これを以つて憲法違反とはいえないのである。そしてこれらの自由を制限するに当つては、その定められた限度においてする限りにおいては何の違法もないのである。旧弁護士法は一定の資格を有する者に対してだけ弁護士となることを認め、また右の資格を有する者のうちにあつても一定の欠格事由に該当する者には弁護士たるの資格を与えないのであつて、更にこれら欠格事由もない資格者であつても一定の事項に該当する者には弁護士名簿の登録請求の進達を拒絶し得る等の規定を設け、弁護士を職業として選択する自由について制限しているのであるが、これらの制限はすべて公共の福祉の見地から為されたもので、これによつて原告がたまたまその職業選択の自由を制限されたとしてもこの点からだけでは何等違法となるものではない。またかような自由を制限するには法律の定める手続により慎重に為されるべきであるが(憲法第三十一条参照)法律に理由を明示すべきことを定めてない限りはその自由の制限を通告するについて、その理由を開示することを要しないと解すべきである。弁護士法は、登録進達拒絶の通知には拒絶の理由を付することを要求せず、また右進達拒絶に対する不服申立を却下する場合の通知にもその理由を付することを要求していないのであるから本件の場合において富山弁護士会及び被告がそれぞれ前記進達拒絶並びに不服申立却下の通知書にその理由を付さなかつたからといつて、何らの違法は存しない。

したがつて、被告の前記不服申立却下処分に原告主張のような憲法及び弁護士法違反のかどは存しないから、原告のこの点に関する主張も採用できない。

六、また原告は、富山弁護士会が原告の前記進達請求を拒絶するにあたつて原告に弁明の機会を与えず、また被告が原告の不服申立を却下するにあたつて原告に弁明の機会を与えなかつたのであるから、被告の右却下処分は憲法及び弁護士法に違反する。と主張する。

しかしながら、原告は被告に対し不服申立書(甲第二十六号証)及び昭和二十三年八月十八日付書面(同第十七号証)等を提出しそれぞれ不服申立の理由を詳細に開陳するとともにその証拠書類を提出する機会をもち、現にこれらの書面及び証拠書類は被告並びに弁護士審査委員会において十分精査せられたものであることは、いずれも成立に争いのない甲第二十四ないし第三十号証、乙第二十六号証、同第十七号証、同第四号証及び同第五号証の一、二に弁論の全趣旨を綜合してこれをうかがい知ることができる。したがつて原告は、前記不服申立について十分弁明の機会を有していたことは明らかであるから、被告の右不服申立却下処分に原告主張のような違法は存しないから、原告のこの点に関する主張も採用できない。

七、つぎに原告は、被告は富山弁護士会に対する監督義務を果さず原告の前記不服申立を却下したのであるから、被告の右却下処分は、旧弁護士法第三十四条に違反する違法の処分であると主張する。

しかしながら、弁護士名簿登録請求の進達手続については弁護士会が自治権を有するものであつて、被告においてこれを積極的に指図し得るものではないといわなければならない。いいかえれば、被告は、弁護士会によつて進達を拒絶せられた登録請求の不服申立があつて初めて弁護士会に対する監督権の発動をなし得るに過ぎないのである。しかもこの監督権の範囲は、被告が右不服申立について弁護士審査委員会に諮問して弁護士会の進達拒絶の当否を判断したうえこれを不当と認めた場合に初めて当該弁護士会に登録の進達を命ずることができるだけのことである。してみると、仮りに原告のこの点に関する各主張事実が認められたとしても、被告はこれらの各事実について何らの監督権も有しないわけであるから、原告の右監督義務違反を前提とする前記主張も採用できない。

八、最後に、原告は、旧弁護士法にいわゆる弁護士会の秩序信用を害するおそれは原告については全然存しないのであるから、原告が同法条の該当者であるとしてなした被告の前記不服申立却下の処分は違法であると主張するので、この点について判断する。

真正に成立したものと認める甲第十一号証、いずれも成立に争いのない乙第一、二号証、同第五号証の一、二を綜合すると、原告は昭和二十一年八月二十五日富山弁護士会に対し弁護士名簿登録請求の進達手続を求めたので、同弁護士会は、同会常議員会に原告の入会適否の審査方を依頼した結果、同常議員会は、これが審査を遂げ翌二十二年一月十八日原告の弁護士資格を認める旨を同弁護士会に通知した。よつて同弁護士会は、同年二月三日原告の入会許否を決するため、臨時総会を招集したところ、たまたま同日は大雪のため参集した会員はほとんどなく、ために同総会は流会となつた。そこで、同会会長は、同年三月十日再び臨時総会を招集したが、同日は原告の居住地にもつとも関係の深い高岡方面の会員が一名も出席しなかつたので、同総会において原告の人格、性行等に詳しい高岡方面の会員の出席なくして原告の入会許否を決するのは軽率であるとし、これを同年四月上旬に招集予定の定時総会まで留保する旨を決議した。そして右定時総会は、同年四月二日に招集せられたのであるが、原告は、この定時総会の開かれる直前である同年三月三十一日に同日付内容証明郵便をもつて同弁護士会長に対し「貴会入会並びに登録申請について然く延引する理由、関係議事録謄写送付方に関し依頼申し候、遅滞なく履行なきにより惹起すべき責任並びに損害はこれを訴追すべき用意ある旨申し添え候」なる旨の通告を発した事実を認めることができる。

そして以上認定の事実に証人正力政次の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は非妥協的なはげしい性格の持主であつて、自己の主張に固執するあまり団体生活において他と協調する態度に乏しく延いては常軌を逸したような行動もとりかねないものであることがうかゞい知られる。

原告は富山弁護士会に対し前記のような内容証明郵便を発したのは、同弁護士会が原告の前記進達請求を故意もしくは重大な過失によつて遅延せしめたことにもとずく当然の措置であつて、これをとらえて原告を旧弁護士法第十二条の該当者であると認めたのは失当であると主張するけれども、同弁護士会が原告の前記進達請求を徒らに遅延せしめたものでないことは前記認定の事実に徴して明らかであるばかりでなく、仮りに右内容証明郵便をもつてした通告が原告主張のような事情からなされたものだとしても原告が内容証明郵便をもつて前記のような内容の通告を発したのは必ずしも妥当であつたとはいえないのであつて、他にとるべき手段、方法は十分あつた筈であると考えられるから、原告の右主張は採用しない。

そもそも、弁護士会は、弁護士の品位の保持と弁護士事務の改善進歩をはかることを目的としているものであつて(旧弁護士法第二十九条、新弁護士法第三十一条参照)その会員たるものは、弁護士に負託された使命と職責にかんがみ、相互に人格を尊重して切磋琢磨し合い、常に高い品位と教養の保持に努めなければならないのである。

したがつて富山弁護士会及び被告が右のような原告を入会せしめることは、旧弁護士法第十二条にいわゆる弁護士会の秩序及び信用を害するおそれのないことを保し難いと認めたのは、けだしやむを得ないことといわなければならないから、被告が原告を旧弁護士法第十二条の該当者であるとしてなした前記原告の不服申立却下の処分には何等の違法がない。

九、以上の次第で、原告の本件訴のうち被告に前記進達を命ずることを求める部分は不適法としてこれを却下し、その余の部分の請求は理由がないから、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 飯山悦治 鉅鹿義明 唐松寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例